あれは念願の新築マンションに引っ越して初めての春を迎えた頃の出来事でしたが、洗濯物を干そうとベランダに出るたびに、どこからともなく一匹のアシナガバチが現れ、手すりやエアコンの室外機の周りを執拗に旋回するという不気味な現象が始まり、その「毎日来る」という執念深さに私の心は次第に蝕まれていきました。最初は「たまたま通りかかっただけだろう」と楽観視していましたが、一週間、二週間と経過しても、奴は正確に同じ時間に現れ、あろうことか私の顔のすぐ近くまで寄ってきてホバリングを行うようになり、平和だったはずのベランダは、いつ刺されるかわからない野生の緊張感が漂う禁忌の領域へと一変してしまったのです。私はパニックになりながらも、なぜ私の家だけが狙われるのかを解明するために、奴が毎日来る場所を窓越しに観察し続けましたが、そこで気づいたのは、室外機の裏側に以前の住人が残したと思われる「古い巣の土台」が僅かに残っており、そこに現在進行形のハチが執着しているという衝撃的な事実でした。ハチにとってその数センチの跡地は、先祖代々の成功を約束する聖地のように見えていたのかもしれず、私がどれだけ手を振って追い払っても、奴にとっては「一時的な障害」に過ぎなかったわけで、この知恵比べに勝つためには表面的な駆除ではなく、彼らの執着の根源を断たなければならないと悟りました。私は意を決して防護服代わりに厚手の合羽を羽織り、深夜のベランダで古い巣の跡をスクレーパーでこそぎ落とし、仕上げに高濃度のアルコールとハッカ油で周囲を徹底的に洗浄・除菌することで、彼らが頼りにしていた「化学的な道しるべ」を跡形もなく消し去ったのです。翌日、いつもの時間に現れたハチは、目指していたはずの座標に自分の居場所がないことに酷く困惑した様子で、数分間空中で右往左往していましたが、やがて諦めたように遠くの空へと消えていき、その瞬間、私の三ヶ月にわたる孤独な戦争は幕を閉じました。この経験を通じて私が学んだのは、アシナガバチが毎日来るという事態は、住宅の僅かな「記憶の残り香」が招いた必然であり、それを放置することは彼らとの終わりのない共生を許容することと同義であるということです。今では春の訪れとともにベランダの隅々まで忌避剤を散布し、一ミリの異変も見逃さない管理を徹底していますが、あの時手に入れたのは単なる虫のいない静寂だけでなく、自分の住まいを完璧に支配しているという主権者としての確固たる自信でもありました。