あれは念願の書斎を手に入れてから三度目の春を迎えた頃の出来事でしたが、大切に保管していた祖父の形見である古書の背表紙を手に取った際、指先にザラリとした違和感を覚え、よく見てみると表面が薄く削り取られたような跡があり、その隙間から一匹の銀色の細長い虫が音もなく走り去るのを見た瞬間、私の幸せな日常は一瞬にして凍りつきました。それまで私は、自分の部屋は完璧に掃除されていると自負していましたが、現実に起きている紙虫による食害を前にして、最初はパニックになりながらも、このままでは数千冊の蔵書がすべて餌食になってしまうという危機感に突き動かされ、私はその日から一ヶ月にわたる孤独で過酷な戦いを開始することになったのです。私はまず、本棚のすべての本を一度床に下ろし、一冊ずつ丁寧にページをめくって点検しましたが、そこで目にしたのは、湿気のこもりやすい下段の本ほど紙虫による被害が深刻であり、目に見えない隙間の奥底に数世代にわたる繁殖の形跡が隠されていたという衝撃的な事実でした。紙虫の駆除は、単に虫を殺すことではなく、自分の生活空間に潜む「停滞」をデバッグする作業であり、私は本棚を壁から十センチメートル離し、市販の除湿機を最大出力で稼働させ続けましたが、それでも夜中に懐中電灯を片手に部屋をパトロールすると、壁紙の継ぎ目から不気味な影が現れることがあり、私は自分の家に対する主権が侵されているような屈辱感を感じていました。しかし、転機となったのは、化学的な薬剤に頼るのを止め、紙虫が嫌うとされるシダーウッドのブロックを棚の至る所に配置し、さらに全ての段ボールを処分してプラスチックケースに切り替えたことであり、この「環境の無機質化」を進めたことで、彼らの生存インフラが音を立てて崩壊していくのを肌で感じることができたのです。三週間が経過した頃、あれほど執拗に現れていた銀色の影はパタリと姿を消し、書斎には凛とした木の香りと乾燥した清々しい空気が戻りましたが、この戦いを通じて私が学んだのは、清潔であること以上に「動いていること」がいかに重要かということであり、空気も水も、そして人の手も、滞った場所にこそ紙虫は命を芽吹かせるのだという厳格な教訓でした。今では毎朝の換気が私の欠かせない儀式となっていますが、あの時の苦い経験があったからこそ、私は自分の蔵書を一冊一冊、より深い愛情を持って管理できるようになったのかもしれず、紙虫という小さな敵は、皮肉にも私に真のコレクターとしての責任感を教えてくれたのです。