それは、私が大学に入り、古い木造アパートで一人暮らしを始めた、最初の夏のことでした。ある日の朝、キッチンで朝食の準備をしていると、床の隅に、数匹の小さな黒い蟻が歩いているのに気づきました。その時は、「どこからか入ってきたのかな」と、軽くティッシュで潰して、それで終わりでした。しかし、翌日、その数は明らかに増えていました。十匹、二十匹。そして、彼らが壁と床の継ぎ目にある、小さな隙間に出入りしているのを発見したのです。私の部屋の壁の中に、蟻の巣がある。その事実を認識した時、私は不快感よりも先に、ある種の好奇心を覚えました。家賃三万円のこのボロアパートは、どうやら私だけの城ではなかったようです。私は、彼らを駆除する代わりに、「観察」することに決めました。蟻の行列の通り道に、わざと砂糖を一粒、置いてみました。すると、数分後、一匹の斥候蟻がそれを見つけ、触角で念入りに調べた後、慌てた様子で巣へと戻っていきました。そして、その十分後、驚くべき光景が繰り広げられました。あの小さな隙間から、おびただしい数の働き蟻が溢れ出し、砂糖粒へと向かう、見事な行列を作り上げたのです。その統率された動き、効率的な情報伝達。私は、まるで壮大な軍事作戦を目の当たりにしているかのような、興奮を覚えました。それからの一週間、私は彼らの生態を飽きることなく観察し続けました。パンくずを運ぶ姿、水を飲む姿、そして時には、仲間同士で触角を触れ合わせ、何かを伝達しているかのような姿も。しかし、その奇妙な共同生活は、大家さんの一言で、あっけなく終わりを告げます。「隣の部屋からも蟻が出るって苦情が来てるから、業者入れて駆除するよ」。数日後、専門業者による駆除作業が行われ、私の部屋から蟻の姿は完全に消えました。正直、少しだけ寂しい気持ちになったのを覚えています。もちろん、家の中に蟻の巣があることが、決して褒められる状況でないことは分かっています。しかし、あの短い共同生活は、私に、私たちの足元で繰り広げられる、生命の営みの力強さと、驚くべき社会性を、教えてくれたのです。
私が蟻の巣と暮らした奇妙な一週間